大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(ネ)260号 判決 1963年12月09日

判   決

東京都世田谷区代田一丁目七六四番地

控訴人

広田庄次

右訴訟代理人弁護士

馬場東作

福井忠孝

右復代理人弁護士

伊藤友夫

同所四一九番地

被控訴人

小川弥太郎

右訴訟代理人弁護士

柳川昌勝

田中康道

同所同番地

被控訴人

砂田恵一

右訴訟代理人弁護士

太田金次郎

右復代理人弁護士

永松義幹

右当事者間の昭和三五年(ネ)第二六〇号建物収去土地明渡請求控訴事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原判決中控訴人と被控訴人砂田に関する部分を取消す。

被控訴人砂田は控訴人に対し、原判決添付第三目録記載の建物を収去し、同第四目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三二年一月一日から右明渡のすむまで一ケ月九六八円の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人小川に対する控訴を棄却する。

訴訟費用中、控訴人と被控訴人砂田との間に生じた部分は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人小川との間の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人小川は控訴人に対し、原判決添付第一目録記載の建物を収去して、同第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三二年一月一日から右明渡のすむまで一ケ月三、三二二円の割合による金員を支払え。被控訴人砂田は控訴人に対し、同第三目録記載の建物を収去して同第四目録記載の土地を明渡し、かつ昭和三二二年一月一日から右明渡のすむまで一ケ月九六八円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、つぎにかかげるもののほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人小川は当審でつぎのとおり陳述した。

(一)  更新により既に消滅した旧契約につき仮りに消滅原因があつたとしても、右事由をもつて、更新された新契約を解除し、もしくはこれを更新された新契約における借地権の当然の消滅原因とすることはできない。

本件賃貸借は控訴人先代と被控訴人小川との間で昭和一一年五月二五日締結され、昭和三一年五月二四日の期間の満了により消滅し、直ちに更新されたことは控訴人の主張するところであり、しかも控訴人が本訴において主張する更新された契約の解除の原因及び借地権の当然の消滅原因は、被控訴人小川が昭和二八年五月一日前記第第三目録記載の建物の所有権を被控訴人砂田に移転したという事由である。ところがこの事由は更新により消滅した旧契約の期間中に生じたものであるから、かかる事由をもつて、更新による新契約につきこれが借地権の当然の消滅原因もしくは契約解除原因として有効に主張できない筋合である。

右建物の所有権移転の事実は即日登記して公示方法がとられているのみならず、控訴人は更新前の旧契約存続中に既に知つていたのであるし、仮りに控訴人がこれを知つたのは契約の更新後であるとしても、右更新は借地法第四条ないし第六条の法定更新であるから、その関係は、旧契約は期間満了により消滅し、新契約は法定要件の充足によつて法の規定上締結されたものとみなされたものであつて、彼此別個独立の契約であり、したがつて、両契約に共通して存在する特約条項であつても、旧契約における特約条項は旧契約の存続中に発生した事由についてのみ旧契約の効力として旧契約にのみ適用され、また新契約における特約条項は、新契約存続中新たに発生した事由についてのみ、新契約の効力として新契約にのみ適用せらるべきものである。

(二)  本件譲渡建物はもともと独立の一区劃の土地の上に建売りとして建てられたものを被控訴人が買受け、その敷地を控訴人先代から借地したものであるから、控訴人先代はこの建物譲渡に伴う借地関係の変動について予め事前に暗黙に承認していた。

すなわち、控訴人先代は昭和七年頃建築請負業者松崎某との間で、本件土地の一部を松崎に提供し、同人がこれを整地しその上に建物を建築し、広く一般希望者に対しいわゆる建売りをする趣旨の契約を締結し、松崎はこれに基づき同年中本件土地のうち東南隅約八〇坪の部分に粗雑な整地工事をなし、その上に第三目録記載の建物を建てて売りに出し、被控訴人小川は地主である控訴人先代とは何の関係もなく昭和八年四月この建物を松崎から買受けたものである。この事実からみれば、控訴人先代は専ら未開の僻地であつた本件貸地の開発発展を目的とし、建売り家屋の買受人が何人であるかは顧みるところでなく、むしろその家屋の自由な融通性を容認していたと認めるべきである。

二  控訴人は当審でつぎのとおり陳述した。

(一)  被控訴人らは、本件賃貸借において、借地上の建物その他の附属物が第三者の所有に帰したときは、本件借地権は当然消滅し、借地を返還しなければならない旨定めているのは、借地法第一一条に違反して無効であると主張する。同条の規定をもつて同法第二条第四条ないし第一〇条に反する契約条件中借地人に不利なものを無効としているのは、同法が借地人保護のため定めた借地権の存続期間、法定更新等を遵守させるためのものであり、これらに関係ない事項についてまで当事者の自由意思を制限するものではない。この特約は、被控訴人らの主張するように、借地権の存続期間、更新請求等に関する規定を排除するものではない。仮りに右特約により借地権の期間が短縮される場合があるとしても、それは借地権者が自由な意思で締結した契約に明示されている賃貸人の借地権の譲渡転貸不承諾の意思に反して、賃借人が借地上の建物及び附属物を第三者に譲渡したことによるものであり、その譲渡は全く賃借人の一方的かつ自由な意思に基づくものであり、賃貸人の意思の介入したものでなく、賃借人が自ら不利な状態を招くことを認識してなされた行為であつて、その不利益は受忍しなければならないものである。

また被控訴人らは、賃貸借契約の当然解除の事由は、契約の目的全体の運命に致命的影響を与える場合を予想していたもので、本件のように借地の一部に存在する建物を第三者に移転した場合には特約違反には当らないと主張する。しかしながら、賃貸借関係は人的信頼関係を基礎に成立していることは争のないところで、借地上の建物の譲渡は必然的に借地権の譲渡または転貸関係を生ずるものであり、新たな被控訴人砂田と控訴人との信頼関係如何を無視して契約締結当初の信頼関係に変更がないとみることはできない。特に被控訴人砂田所有建物の敷地が同小川所有建物の敷地との間に高低の度を異にして独立の一区劃を形成している現況においては、その移転建物の大小にかかわらず、被控訴人小川の借地管理を離れ、同砂田にその管理が移転したものであり、賃貸人に対する信頼関係の重大な破棄行為があつたとみなさなければならない。

(二)  被控訴人小川は、更新により消滅した旧契約の期間中に生じた事由をとらえて更新により新たに成立した新契約につき借地権消滅の原因とはなり得ないと主張している。控訴人は契約期間の満了直前になつて、本件建物譲渡の事実を知つたもので、直ちに被控訴人小川に対し異議を述べたところ、同人は被控訴人砂田への賃借権譲渡を承認してもらいたい旨懇請したが、控訴人はこれを拒絶して来たものであり、異議を述べず漫然徒過したものではない。かような事情のもとに法定更新をみた場合において、更新後に旧契約期間中の契約解除事由をもつて解除できるのは当然のことである。また契約の法定更新後の新賃貸借契約の要素はその存続期間を除き、特別の事情がない限り旧契約の要素と同一である。

三、証拠≪省略≫

理由

一、本件土地は、控訴人が昭和一五年七月二五日、亡父政吉の死亡により家督相続によつて所有権を承継取得したものであることは当事者間に争がない。

二、つぎに、被控訴人小川は昭和八年中、松崎某が本件土地のうち原判決添付第四目録記載の土地上に、いわゆる建売住宅として建てた同第三目録記載の建物を買受け、その敷地を政吉から賃借し、昭和一〇年中右敷地の隣接地を借増し、さらに昭和一一年五月二五日その隣接地を加え、合計三九〇坪の本件土地全部を一括し新たに賃貸期間を二〇年と定め、建物その他附属物が第三者の所有に帰したときは、契約は当然消滅する旨の特約を付して賃貸借契約証書を作成したこと、並びに右特約は借地法第一一条によりその定めのないものとみなすべきであるとの被控訴人らの主張の理由がないことは、いずれも原判決の判示するとおり(原判決九枚目表六行目から一〇枚目裏九行まで)であるから、これを引用する。

三、控訴人は「被控訴人小川は昭和二八年五月一日代物弁済により第三目録記載の所有権を砂田に移転し、同日その旨の登記手続をしたので、被控訴人小川の本件土地の賃借権は特約により消滅した。」と主張し、被控訴人砂田は右所有権移転の事実を争わないが、被控訴人小川は単に登記簿上名義を移しただけで、所有権は移転していない旨主張するのでこの点について検討する。(証拠―省略)によれば、つぎの事実が認められる。

被控訴人小川は昭和二〇年三月頃、当時居住建物の強制疎開を受け、早急に転居の必要に迫られていた医師の被控訴人砂田を自己所有の第三目録記載建物に入居させたところ、戦後追放の身となり経済的に苦しくなり、そのうえ昭和二四年頃から久しく重病を患い、その間被控訴人砂田から治療を受けて未払の治療費もかさんだばかりでなく、別にかなりの額の融通も受けていたが、昭和二八年になつて、病状が悪化して手術を受けることになり、その成功も保証し難い状態であつたので、これまでの被控訴人砂田の厚意に報い、かつ従来の債務を決済するため、双方保護の上、一切の債務を三〇万円と見積り、代物弁済として被控訴人砂田が居住している第四目録記載の建物の所有権を譲渡し、同年五月一日その旨の登記を経たのである。

以上のとおり認められ、他に右認定を差右すべき証拠はない。そうすると、右建物の敷地の賃借権は前記特約に基づき一応消滅したものと解すべきである。

四、被控訴人らは控訴人の亡父政吉は右建物の所有権が転々とし、したがつて敷地の借地権も転々と譲渡されることを当然予定し、予め包括的に承諾しまたは暗黙のうちに承諾していたと主張しているが、被控訴人小川が右建物の所有権を取得し、その敷地である第四目録記載の土地を賃借した当時の事情は前示のとおりであるにしても、直ちにそのような包括的承諾または暗黙の承諾があつたと認め難いし、その後政吉との間に昭和一一年五月作成された甲第一号証の賃貸借契約が証書にされ、前記特約が付されたこと(前記二の認定事実)から考えると、右主張は到底採用することができない。

五、また、被控訴人小川は「更新によりすでに消滅した旧契約の期間中に生じた事由をとらえて、更新によつて新に成立した新契約につき、これが借地権消滅の(原因もしくは解除原因)と主張することはできない。」と主張する。

しかしながら、前記のとおり昭和二八年五月一日付で第三目録記載の建物を譲渡したことにより、その敷地部分の賃借権は当然消滅しているから、少くともその部分については契約更新の余地はない。また借地法第六条の法定更新の場合には、更新されたものとみなされた借地契約は、存続期間の点を除いて、従来の契約と同一条件のものとされており、期間以外の点では同一内容を有するから、前契約と同一性を有するといえる。したがつて、賃貸人は更新前の借地権の消滅原因もしくは解除原因を理由として、更新後の契約について借地権の消滅もしくは解除を主張することができるのである。

六、さらに、被控訴人らの権利の濫用の主張(原判決(三))について考察するに、原審における証人(省略)の各証言によれば、被控訴人小川が本件借地に護岸工事、基礎工事を施して相当の費用をかけ、被控訴人砂田も前記建物の入手後その敷地部分に基礎工事をしたことが認められ、また原審における(証拠―省略)によれば、控訴人が賃貸借の期間満了前から妻テルを通じて被控訴人小川に坪当り五〇〇円程度のいわゆる更新料を請求したところ、同被控訴人は手もとの不如意と、同じ立場の賃借人と歩調を合せるためとで、右要求に応ぜず、僅かの金額で妥結しようと考え、双方で交渉中互いに感情を害するようなことが起り、かつその間控訴人が前記建物の所有権移転の事実を知るようになり、昭和三二年一月分から賃料の受領を拒み、やがて本訴提起となつた事実が認められ、右更新料の要求が本件訴訟提起の一原因となつていることは容易に推測できるが、これらの事情を考慮しても、前記特約に基づき借地権の消滅を主張することをもつて、権利の濫用とするには足りない。

七、そこで、前記建物の譲渡により消滅する借地権の範囲について考えてみる。甲第一号証第四条に定められた賃借権の消滅事由をみると、末項の「賃借人が賃貸人に無断で住所を変更し云々」の項を除くと、すべて賃借人がこの借地を使用する必要がなくなつたかまたは使用することができなくなつた場合をあげているのであり、本件の場合に適用される「建物その他附属物が第三者の所有に帰したとき」の規定も、そのような場合の一つとしてあげられていると解すべきである。そして被控訴人小川は第三目録記載の建物の所有権を失い、その敷地部分である第四目録記載の土地を使用する必要はなくなつたが、現に第一目録記載の建物を所有し、第二目録記載の土地を使用しているのである。しかも本件賃貸借成立の経過及び土地の状況をみるに、前示のとおり昭和一一年に本件第二、第四目録の土地全体について一括して賃貸借契約の証書が作成されたとはいえ、本来第二目録の土地と第四目録の土地とはこれよりさき別々の時期に、別々の契約によつて賃貸したものであり(証拠―省略)によると、建物を譲渡した敷地である第四目録の土地は本件土地三九〇坪のうちの北側八八坪の部分で全体の四分の一にもたらず、現に被控訴人小川が使用中の第二目録の土地より一段低くなつて明らかに区別され、別々に家を建てて従前から区分して使用されており、被控訴人砂田が第三目録の土地上の建物で医院を開いていたことは控訴人も十分知つていたことが認められる。

このように、被控訴人小川が被控訴人砂田に譲渡した建物の敷地部分は借地全体から見て少数部分であり、しかも元来その余の部分とは別々の時期に別々に賃借され、従来から明確に区分されて使用されていることを考えると、その後本件借地全体につき一括した賃貸借証書が作成されたことを考慮しても、右建物の所有権の移転が本件借地全体の借地権の消滅を招来すると解するのは相当ではない。むしろ前記建物の所有権移転により被控訴人が使用する必要のなくなつた第四目録記載の土地についてのみ、前記特約の条項により、借地権が消滅すると考えるのが相当である。(このことは、控訴人が被控訴人小川の賃借権の無断譲渡を理由として本件賃貸借契約の解除を主張する場合にも、同様である。)

八、そうすると、前記特約に基づき被控訴人小川がその地上の第三目録記載の建物の所有権を、同砂田に移転したことにより第四目録記載の土地の借地権は消滅し、被控訴人小川の借地権を自己の占有の根拠とする同砂田のこの土地に対する占有は何らの権原を有しないことになり、同人はその地上建物を収去して、その敷地を明渡す義務があるが同小川はいまなお第二目録記載の土地については借地権を有することになる。本件土地の賃料が一ケ月坪当り一一円であることは、被控訴人砂田の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきであり、同被控訴人は昭和三二年一月一日から右土地の明渡のすむまで、一ケ月坪当り一一円、八八坪分合計九六八円の割合による損害金を支払う義務がある。

九、したがつて、控訴人の本訴請求中被控訴人砂田に対する部分は正当であるから認容すべきであり、これを棄却した原判決は取消を免れず、被控訴人小川に対する部分は失当であるから、本件控訴は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については、控訴人と被控訴人砂田との間では民事訴訟法第九六条、第八九条、同小川との間では同法第九五条第八九条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第一二民事部

裁判長裁判官 千 種 達 夫

裁判官 脇 屋 寿 夫

裁判官 太 田 夏 生

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例